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けいこさんのブログ

ときどき、料理教室。ときどき、お菓子屋さん。ときどき、ハンドケアと食養指導士。まいにち、わたし。

きりん語録。其の弐。

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 息子・きりん(7歳)の日々のつぶやきや、鋭いツッコミ。

母は、毎日、「もう敵いません・・・」と全面降伏です。(笑)

「大丈夫、そういうときもあるよ。」

 

昨日、梅干しを庭に干したり家事をしていて、

出掛ける時間が遅くなってしまいました。

「お母さんがいろいろやってて、出掛けるのが遅くなって、

ごめんね~」と言ったら、

「大丈夫だよ。そういうときもあるよ。」とにっこり。

・・・どっちが大人かわかりません。

子どもたちは、大人が思っている以上に状況を感じ、

理解して、待ってくれたり、寄り添ってくれているのです。

ありがとう。

 

「お母さんに限界はない!」

 

そして同じ日の夕方。

弟りららの幼稚園の庭でカナヘビを私が見つけました。

それをきりんに知らせると、早速捕まえようとします。

しかし、とても素早く逃げていきました。

すると、

「お母さんが見つけたんだから捕まえてよ!」

と、癇癪+甘えたい=難癖となって騒ぎます。

暫く探しましたが、見つからず、

「もう見つからないから帰ろうよ。梅干しも干したまま、

日陰になっちゃったよ(その時点で17時を経過。)

そろそろ、梅干しをしまう時間の限界だよ~」

と言ったら、

「お母さんに限界はない!探して!」

と絶叫。(笑)

・・・あの、母にも限界を設けさせてください。(涙)

 

「今のことをいってるんだよ。」

 

きりんが、ふと、

「りららはいいな、いつもお母さんと一緒で。」

と私に言いました。

「きりもいつも一緒にいるでしょ?」と応えると、

「家でのことじゃなくて、幼稚園でのこと。」

第一子は産まれてから、第二子以上に両親との時間を

過ごしていると思うのですが、

やはり知らないうちに下の子に心を配ったり、

遠慮していることも多々あるのだなと日頃から感じていました。

 

「きりんも小さい時は、ずっと幼稚園でもお母さんと一緒だったよ」

と言ってみました。

この様な物言いは、意味がないことも知っていたのですが、

敢えて言ってみたのです。

すると、

怒るでも責めるでもない口調で、

「それは知ってるよ。でも、今のことをいってるんだよ。」

と言われたのです。

そうなのです。

大人は「小さい時にこうしてあげたでしょ」

なんていうことが多々ありますが、

【過去にこうしてあげた】というのは、

大人の自己滿足にすぎないと思います。

 

そんな過去のことを子どもはどうこう言ってるのではないのです。

「今」なのです。

「今」がすべて。

「今、お母さんと一緒にいたい。」

後でも先でもない、「今」。

 

今日も、「今」をぎゅっと抱きしめたい。