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けいこさんのブログ

ときどき、料理教室。ときどき、お菓子屋さん。ときどき、ハンドケアと食養指導士。まいにち、わたし。

子どもを抱きしめることは、自分を抱きしめること。

わたしのこと こどもたち かんがえかたのこと。

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子どもが育つ中で、自分も育ち直すことができる。

 

子育ては自分育て、なんていうつもりは毛頭なく。(笑)

(子どもは自分で育っていくのだと思ってます。)

むしろ、

「こどもの時に満たされなかった自分が、自分の子どもと共に育ち直す」

のではないかと思います。

グズグズいうこどもを抱きしめたとき、実は

「子どものころ、グズグズしても、

親に抱きしめてもらえなかった自分」を

抱きしめているのかもしれないと思うのです。

こどもに「ごめんね、」と謝るとき、

親に決して謝ってもらえなかったこどものころの「私」に

謝っているのかもしれないと思うのです。

 

でも、これは、「こどもと自分を同化させる」

ということでは決してありません。

 

自分のこどもの隣に、

「こどもの頃の自分」が、ちょこんと、居る感じです。

 

幼稚園で、スタッフとお母さんたちのフリートークという時間があり、

そこで自由なテーマで色々お話をするのですが、

以前、その時にスタッフMさんが、

「子どもが取っ組み合いの喧嘩をしたり、言い返したりすると、

自分はそんな風に出来ない子どもだったからすっきりする、

っていうお母さんがいて、

自分が表現できなかった表現を自分の子どもがすることで、

子どもの頃の自分が満たされて、

自分の子どもと育ち直していると感じることがあるんだよね。

子育てすることで、自分が育ち直せる感覚が得られることがある。」

というようなお話をしてくれたことがありました。

 

そのお話が、私の中にずっと残っていて、

子どもたちが、ギャーギャーと騒いで泣いたり、

グズグズしたり、意味のわからない難癖をつけたり、

上手くいかないことがあると、「お父さんのせいだ!」と叫んだり、

虫が居ないと、「お母さんのせいだ!」と怒ったり、

他のお母さんと話していると、

「喋るな!早く来い!」とか言われたり、

「食べないならもうごちそうさましたら?」というと、

「ごちそうさまじゃねぇよ!」と悪態つかれたりするのですが、(笑)

 

自分や夫が子どもの頃にこのような表現をしていたら、

大目玉を食らい、怒られていたでしょう。

でも、それを時に、いえ、度々苛々しつつも、(笑)

「はいはい・・・」と受け入れたり、

なだめたり、切り替えたり、一緒に悲しくなったり、

時には「もういい加減にして!」とも思ったりしつつ(笑)

子どもを抱きしめたとき、

実は抱きしめられているのは、私の方だと感じるのです。

そして、こどものころの私を、

やさしく抱きしめているのだと思うのです。

 

こどもの頃の私は、

抱きしめられて、ちょっと恥ずかしそうに、

嬉しそうに、微笑んでいる気がします。

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