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けいこさんのブログ

ときどき、料理教室。ときどき、お菓子屋さん。ときどき、ハンドケアと食養指導士。まいにち、わたし。

なぜ、人を怒らせてはいけないのか?

かんがえかたのこと。 わたしのこと

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「◯◯に怒られるからやめなさい」という言い回しをよく聴きます。

 

おまわりさんに怒られるから・・・

先生に怒られるから・・・

お母さんに怒られるから・・・

 

これらは、どこに主体があるのかな、といつも思います。

「お母さんは、そういうことを止めてほしいと思う」と

いうのは理解できます。

主体は私、です。

 

それとは別に、

先日、同じ幼稚園を卒園し、お子さんがもう大きいお母さんに

偶然図書館でお会いしました。

そのときに、学校の話になり、その方は、

「学校とのパイプを切らないように、

先生を怒らせいないようにしたほうがいいよ。」

と話していました。

 

こどもが、学校に行きたいと言い出したときのことを考え、

パイプを切らないほうがいい、というのは理解できます。

でも、

「先生を怒らせないほうがいい」というのはどういう意味だろう?

と思ったのです。

 

「怒る」ということは、働きかけた側の問題ではなく、

基本的には、「怒った本人」の中に原因や、

怒りを感じる要素があると思うからです。

 

同じ行為、言動をされても、怒らない人もいるでしょう。

 

そう考えると、「相手を怒らせないように」というのは、

私の中ではしっくりこない。

対等な関係ではないように思うのです。

 

もちろん、最初から相手に不快感を与えるコミュニケーションを

取る必要はありません。

 

でも、「怒らせない」ようにと気をつかうのは、それとは別です。

 

対等で、上下関係のないコミュニケーションを、

私は望んでいるんだな、とこの事を通じて感じました。

 

誠実な対応を心がけていても、相手の不快な部分に

触れてしまうこともあるかもしれない。

 

そういうときは、話し合って、

「そういうつもりではなかったけれど、不快にさせてしまったのだな。」

と受けとめればいい。

 

「自分がイライラする」

「自分が怒っている」時も同じです。

イライラの原因は外側ではなく、内側にあります。

違和感を感じる出来事は、自分を知る機会です。